Column
小山 薫堂放送作家・脚本家
『星野温泉 トンボの湯』の誕生が待ち遠しかった
僕が軽井沢に魅せられたのは、日本大学芸術学部に在学していた頃のこと。テレビ制作の実習で雲場池や旧軽銀座でロケをしたところ、印象がとても良くて。高速道路が開通すると出かける機会が一気に増え、星野温泉の共同浴場に入ることもありました。そんな中で一帯が全面的にリニューアルするという話を耳にしたのです。
当時は放送作家として独立し、家を新築する人に密着するテレビ東京のドキュメンタリー番組『完成!ドリームハウス』に関わっていました。その出演者のお一人がたまたま星野リゾートに勤めていたこともあって、あの鄙びた風情の浴場がどんなふうに生まれ変わるのか気になって仕方がありませんでした。新しく誕生した『トンボの湯』は極めてモダンで、感心させられましたね。
『ホテルブレストンコート』のレストラン『ノーワンズレシピ』や『ユカワタン』で食事をしたことも心に残っています。『ユカワタン』の初代料理長、浜田統之シェフの、自然の力をそのままお皿の上に持ってきたような感じの料理は本当に素晴らしくて、後日、フジテレビ『料理の鉄人』の復活版にあたる『アイアンシェフ』にご登場いただきました。
日本でこれほど自然観察に力を入れるリゾートはなかったのではないか
特に忘れられない思い出を挙げるとすると、『ピッキオ』での一コマになるでしょうか。今から30年ほど前、『ピッキオ』が設立された後にガイドの方にインタビューして、興味深い話を聞きました。オタマジャクシがカエルになった後、どのように生活するのか調べるため数匹のカエルに発信機を付けて森に放したというのです。
そのうちある1匹がものすごい距離を移動していることがわかり、さらに追及すると木の上に設置された巣箱から聞こえてくることが判明。要するにカエルは鳥に食べられてしまい、排泄された発信機が単独で機能していたというわけです。それを聞いた時、それぞれの生き物たちが繋がりながら森の生態系が作り上げられているということを実感し、自然や動物を真剣に観察しようとする施設の姿勢にも心を動かされました。
今でこそネイチャーツアーを組むリゾートは日本でも見受けられますが、当時は星野エリアぐらいしかなかったでしょう。画期的で素晴らしいと思っています。
110周年を迎えた星野エリアに期待すること
東京から1時間程度でアクセスできる軽井沢は「東京24区」と言われることもあります。おいしいお店があり、都心ではなかなか会えない人とも、お互いに時間のある軽井沢でなら気軽に会える。それもまた魅力なのですが、集いの場になり得る星野エリアには、ぜひキュレーション力を発揮していただきたい。地域性をさらに掘り下げるべく、地元の本当にいいお店を『ハルニレテラス』などでもっともっと取り上げてほしい。
『ハルニレテラス』といえば、つい最近まで『希須林』という中華料理店があり、僕もときどきお世話になっています。最近、開業時から勤務していたシェフが独立して、自分のお店を構えることになったそうですね。星野エリアには食を盛り上げる拠点にもなってもらいたい。つまり、この場所で腕を磨き、いいお客さまと出会って縁を深め、巣立っていくという循環の拠点に。
軽井沢は食の観点からもユニークな土地です。野菜は言うまでもなく豊富でおいしいし、日本海の魚は東京よりも仕入れやすい。余談になりますが、軽井沢にある人気のスーパーマーケット『ツルヤ』の前身はたしか魚屋でした。北陸新幹線も開通しましたし、もっともっと面白くなる予感がします。星野エリアがその旗振り役になることを期待してやみません。
小山 薫堂放送作家・脚本家
放送作家・脚本家・京都芸術大学副学長・料亭「下鴨茶寮」主人。1964年熊本県生まれ。「料理の鉄人」「カノッサの屈辱」など斬新なテレビ番組を数多く企画。脚本を担当した映画「おくりびと」で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞を獲得。また、現代に生きる日本人が日常の習慣として疑わない「入浴」行為を突き詰め、日本文化へと昇華させるべく「湯道」を提唱。'23に企画・脚本を務めた映画『湯道』が公開され、星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」とコラボしたキャンペーンも行った。