Column

2024.06.05 update
森と街の愉しさが共存する場所の見本であり続けてほしい

東 利恵東環境・建築研究所 代表取締役
建築家
長谷川 浩己オンサイト計画設計事務所 代表取締役
ランドスケープアーキテクト

お二人と軽井沢星野エリアとの関係は?

東利恵さん(以下、東さん):軽井沢には父の仕事に付き合ってよく遊びに行ったものですが、建築家として星野エリアと関わるようになったのは1990年代半ば頃のこと。コーネル大学大学院時代の同級生である星野佳路代表から『ホテルブレストンコート』などの改装を依頼されたのです。そしてその後、星野温泉の地を再生するというプロジェクトが本格化し、『トンボの湯』などを設計させていただきました。

長谷川浩己さん(以下、長谷川さん):僕はまさにそのプロジェクトのタイミングで軽井沢との縁をいただきました。

東さん:スケールの大きいお話だったので、チームを組んで取り組みたい。造園にとどまらず、景観を設計できる方とご一緒したい。その思いからランドスケープアーキテクトのチームである「オンサイト」に声をかけ、長谷川さんと出会ったんですよね。

長谷川さん:それまでリゾートを手がけたことがなかったので、最初のミーティングの時に自分なりのリゾート像をまとめて話したのを今でもよく覚えています。僕は学生時代に第一次リゾートブームを体験していて、「リゾート」に対するアレルギーのようなものを持っていたんですけど、その時、星野代表は「西洋文化に媚びないで」とおっしゃった。それで素直に賛同することができました。

東さん:星野代表は日本を意識することが大事と考えてこられたのではないでしょうか。アメリカで暮らしていると、自分のアイデンティティと向かい合わざるを得ませんからね。『星のや軽井沢』を設計する時も代表のあの言葉は大命題になり、その結果、伝統的な日本建築を作るのではなく、日本文化の現代的進化を考えつつ、自然エネルギーや、樹木を守るなど、軽井沢らしさを追求する視点が盛り込まれました。

長谷川さん:『星のや軽井沢』を設計した時は、特に議論が白熱しましたよね。

東さん:ええ。当時はお互いにこだわるポイントが違ったので、よく建築の配置で揉めましたっけ。樹木を守るために建物の位置をずらす、とか。その調整が難しくて面白くもありました。

長谷川さん:建築の配置はランドスケープの根幹を左右するので、妥協できなかったんですよ。

東さん:思えば、『星のや軽井沢』を通してランドスケープデザインが何たるかをしっかり学ばせていただきました。まさに“風景を作ること”なんですよね。『ハルニレテラス』を手掛ける頃には、それがわかっていたので、主たるものは景観のデザイン、建物はそのためのパーツと捉えて、比較的スムーズに進められたように思います。

星野温泉旅館を改築する構想を「谷の計画」と呼んだ

軽井沢星野エリアで思い出に残っている「森を愉しみ、森を識る」経験を教えてください。

東さん:ユニークだと感じるのは、森の中に水力発電所があること。星野温泉旅館が創業した時代から自然との共生保全と向き合い、日本で初めて本格的な小型の自家用水力発電所を導入し、川から水を引き込んだ。このことは軽井沢星野エリアの大きな特徴であり、魅力になっていると思います。それから、ハルニレの木も特徴的。『ハルニレテラス』を設計することになって初めて美しいハルニレに恵まれた土地であるという事実に気付かされました。

長谷川さん:僕は仕事で通っているうちに魅せられて土地を買い、家まで建ててしまったのですが(笑)、このエリアには「杜」の良さがあります。つまり、野生が息づく場所と人の手の跡が程よく混ざり合っている。だから、誰もが森と気軽に付き合えるんです。『ハルニレテラス』のお昼寝デッキの上でコーヒーを飲みながら寝転がったりして。

それから、『ピッキオ』の存在も大きい。ネイチャーツアーに参加して植生に触れたり、「動物たちはこの獣道を通って水を飲みにくるんですよ」なんて教えてもらったりすると、知識が増え、森の解像度がぐんと上がる。ここにはそういうコンテンツが非常に充実しています。

東さん:星野エリアにはもともと落葉広葉樹を増やそうという動きがありましたね。戦後、木材としての需要を見込んで北軽井沢を中心に唐松がたくさん植えられましたが、腐葉土を作ってくれる落葉広葉樹林を再生させようという。

長谷川さん:落葉広葉樹林は標高1000mのこの地において最も生態系が安定する森の形なんですよね。ドングリやトチノキのように実がなる木があれば、リスやムササビ、鳥も暮らしていかれます。リニューアルの過程では常にそのことが配慮されてきたし、ミズキやコナラなどの在来種を植えていこうという取り組みも継続されている。

東さん:星野リゾートの中には今も昔も森のことを本気で考えている人がたくさんいる。そう思います。

110周年を迎えた軽井沢星野エリアに、今後、期待することは何でしょう?

長谷川さん:日本には色々な山岳リゾートがありますが、軽井沢の面白さは森と街が調和しているところにあると思うんですよ。だから、今、オーバーツーリズムが問題視されているけど、観光客が溢れすぎたら、「軽井沢」という土地の魅力は薄れてしまうような気がする。軽井沢星野エリアは、森の愉しさと街の愉しさのバランスが取れた場所のモデルになってほしい。

東さん:同感です。私はバブル時代に原宿で育ったのですが、週末ともなるとすごい人出で、住民が次々と他所に引っ越していったんですよ。ニューヨークのソーホーでも似たような現象がありました。駆け出しの芸術家たちが移り住んできて、ツーリストが観光バスで来るようになって、もともと住んでいた人たちがトライベッカなどに散っていくという具合。どこかできちんとコントロールしないと、その土地の魅力を作り上げてきた人たちがいられなくなるという事態が起こりかねません。軽井沢星野エリアはぜひ適正規模を維持した上で発展していってほしい。期待しています。

自然環境との調和した景観が形成されている星のや軽井沢
Profile
@Nacása & Partners Inc.

東 利恵東環境・建築研究所 代表取締役
建築家

1959年大阪府生まれ。日本女子大学、東京大学大学院、コーネル大学大学院などで建築を学び、その後、父で建築家の東孝光氏のパートナーに。星のや軽井沢をはじめとする軽井沢星野エリアの設計の他、多くの宿泊施設や住宅設計も手がける。

長谷川 浩己オンサイト計画設計事務所 代表取締役
ランドスケープアーキテクト

1958年千葉県生まれ。米国オレゴン大学大学院修了後、’91年までアメリカで勤務する。帰国後、パートナーとオンサイト計画設計事務所を設立し、現在に至る。星のや軽井沢をはじめとする軽井沢星野エリアの設計の他、数々のランドスケープデザインを行う。