Column

2024.01.14 update
星野エリアは『陰翳礼讃』の世界を体感できる場所

武石 正宣ICE都市環境照明研究所 所長 ライティングディレクター

“薄暗さのなかに美を求める”日本文化の真髄を形に

軽井沢星野エリアとのご縁は、ランドスケープアーキテクトの長谷川浩己さんにご紹介いただいて星のや軽井沢のライティングデザインを手がけたことに端を発します。その後、ハルニレテラスや、星野温泉トンボの湯のリニューアル、それから石の教会 内村鑑三記念堂の改修プロジェクトにも携わりました。石の教会は北米照明学会が主催する 2024 IES Illumination Awardsにて「Special Citation」を受賞しています。

最初に関わった星のや軽井沢での仕事は忘れ難い思い出です。星のやは基本的に2泊からの予約を受ける宿です。1泊の場合、2日目は朝食とお風呂を楽しむのみになりがちですので、空間は説明的に作られている方がよいいのですが、連泊する時の2日目は朝昼夜と24時間以上を過ごしていただくことになりますので、あまりにわかりやすいと面白みがないということになりかねません。よく「星のや軽井沢は暗い」というお声を頂戴しますが、それは居心地の良さを追求したからなのです。

建築家やデザイナーにとってバイブルのような存在でもある谷崎潤一郎の名著『陰翳礼讃』にも通じることです。日本で白熱電球が使われるようになってから150年も経っておらず、それまでの日本人は薄暗さのなかに美を求め、暮らしを整えてきました。茶室もそう。本来の茶室にはあかりがなく、窓から差し込む日や月の光を頼りにしました。日本人のDNAにはそうした美意識が宿っています。明るいと安心ではありますが、そこに長く居ると物足りなくなってしまうのです。レストランも高級なところでは滞在時間が長くなりがちですが、照明は居心地が良いように薄暗く調整されているはずです。そういう観点で星野エリアに注目すると、また違った発見があるのではないかと思います。

薄暮の星のや軽井沢

照明デザイナーが選ぶ軽井沢星野エリアの魅力ポイントとは?

星野エリアでお気に入りの場所を挙げるのは、ライティングをデザインする私にとって実に悩ましい。

何かプロジェクトに関わるときは、その地域性を考慮します。軽井沢は旧軽銀座のように賑やかな一面もあるけれど、完全に開かれたところではありません。奥には浅間山があって、進めば進むほど闇が深くなる。それで星のや軽井沢は、最初に通されるレセプションから集いの館、谷の集落に向かって、照度を引き算しながら明るさにグラデーションを付けています。なので、好きなポイントをピックアップするのが難しく、敢えて申しますと全部好きとなりますでしょうか。

星のやで強いて挙げるとするなら、メインダイニング「日本料理 嘉助」でしょうか。ペンダントライトを使うことにこだわりました。あそこの天井はかなり高いので、天井からライトを吊り下げるより天井に光源を設けた方が施工的には断然たやすいのですが、そうすると全体的に光が降って、落ち着かなくなる。テーブルごとに光を届けたくて吊り物にしたというわけです。嘉助のライティングについては他にも語りどころがあります。空間は外の棚田の高低差に沿うように階段状に設計されていて、段差のある通路は安全に移動ができるように照明を細かく入れました。席に着くとライティングががらっと変わるので、パブリックエリアとプライベートエリアを意識することができます。ゆっくり寛いでお過ごしいただけたら、本望ですね。

星のや軽井沢 メインダイニング「日本料理 嘉助」

いつか、日本のアナログのあかりを楽しめるバーを

110周年を迎えた星野エリアはこれからも進化していくことと思います。アナログの極地として蝋燭バーができたら面白そうですね。ほら、クリスマスの頃、軽井沢高原教会の中庭は無数のキャンドルに彩られますね。あれは他では味わえない素晴らしい体験だと思いますが、そんなイメージです。

炎にもいろいろあって、洋ローソクだと横に、和蝋燭だと縦に揺れます。せっかくなら日本のあかりの原点に戻って、和蝋燭だけを置いたバーにしたい。日本人は炎の素晴らしさも本能的に理解している。ものすごくリラックスできる場所になるのではないでしょうか。

Profile

武石 正宣ICE都市環境照明研究所 所長 ライティングディレクター

1959年神奈川県生まれ。多摩美術大学建築科卒業後、デザイン会社勤務を経て1996年にICE都市環境照明研究所を設立。国内外の商空間や公共施設、イベントの照明デザインを手掛け、「北米照明学会国際照明デザイン賞」をはじめ国際コンテストで多数受賞。代表作の「星のや軽井沢」を含め、軽井沢星野エリア全体の照明設計を行う。